ファイティング原田(1)

ファイティング原田

エデル・ジョフレがコーナーで座らなかったのですよ。青木勝利戦、ファイティング原田戦。ところが2戦目のファイティング原田戦は終わりの頃座ったのですよ。疲れたのでしょうね。だけどなぜ座らなかったのか聞いたら、立ち上がるエネルギーが勿体無い。身体の戦うリズムが座って途切れる。ジョフレはそう言ってましたね。

今映っているレフリーのブラッド・ポカレはファイティング原田さんと戦ったライオネル・ローズの従兄弟ですよ。ライオネル・ローズと言ったらファイティング原田さん、その後沼田義明さんに挑戦したのですね。

ジャック・デンプシーと戦ったジーン・タニー、レオン・スピンクス、原田vsジョフレを捌いたバーニー・ロス、それからケン・ノートンらが海兵隊だったのですね。陸軍、空軍、海軍の他に海兵隊があるのです。

昔は10代で世界チャンピオンになる選手なんかがいましたけどね。ファイティング原田さんもそうだし、マニー・パッキャオもそうだし。そうなんですけれど最近は特に重いクラスは成熟するのに時間がかかりますね。25歳くらいでも早いのです。(スペンサーvsブラック)

エデル・ジョフレ選手がファイティング原田選手に負けた時に、あと何センチか足が前に出ていたらと、それはやはり脱水・減量の影響なのです。足首のバネが普段の良い時では無いのです。だから踏み込みきれなくてパンチにウェイトが乗らなかったですよ。

(ロマチェンコに勝つには?)もうファイティング原田戦法ですよ。当たるまでもう打ちまくるっていう。ガードの上であろうと肩であろうと打って打って打ちまくってロマチェンコが守勢一方の状態に追い込む、それも一つの手ですね。(ワシル・ロマチェンコ)

古い話になりますけど、ファイティング原田さんが斎藤勝男とやった試合、原田さん負けていたのですよ。ラストラウンドに攻めるファイターの原田さんが相手をこさせて後ろ足下がってアッパーのカウンターをとってそれでダウンをとった。それで逆転勝ちです。

昔ファイティング原田さんがエデル・ジョフレと戦った時に原田さんがジョフレに「きみコーナー間違えているよ」って指示したのです(小泉)。格好良いですね(高柳アナ)。それは自分(原田)の方が間違えていたのです(小泉)。大爆笑(一同)。

リングの前に笑うの事を真剣勝負の前に不謹慎だとか言いますけど、あれは1つのリラクセーションなのです。昔ファイティング原田さんなんかは戦うのが楽しくてしょうがないと言って笑いながら笑みを浮かべながらリング上がってきたこともありました。

過去の歴史を見ますと、原田、海老原、柴田、石松、ロイヤル小林、世界チャンピオンとして海外で勝てなかったわけですよ。日本人で過去海外防衛したのは渡辺二郎で24年前ですよ。そういった日本ボクシング界の伝統やノウハウというのが西岡選手の中に生きていると思います。(西岡vsゴンサレス)

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